2012年9月30日

PASH

Print. Art. Salvage. Handmade. 
PASH は私の大好きな宝箱的存在のお店。昨年まで大人気だった隣町のハロゲイト店を閉めて以来、素敵なデュオの店長さんは、更に比翼の準備を重ね、ついに今週末新しいお店をオープンしました。今度のお店は国道に面したカントリーサイドにあり、元々羊毛工場だったとても巨大な建物。それを彼女達らしく古き良き味を残しながら、手をかけて、本当に素敵なスペースが誕生しました。そして、今回のオープニングの一環として、私の「まぜこぜ」のテーブルウェアー全種類と印刷画を展示販売していただいています。こんな大好きな場所に置いてもらえて、最高ってニコニコ顔が途絶えません、私。日本の皆さんにも満喫して頂けるようにイメージだけでもたっぷり用意しました。(クリックすると拡大表示できます)xま

「まぜこぜ」のディスプレイは PASHの入り口に
素敵なディスプレイに用意されたオープニングのチョコレートを頂いて
「まぜこぜ」全カラー、種類、販売中。

2012年9月25日

マーサへ行きまーさ。

マーサギャラリーは、隣町のハロゲイトで最も大きなギャラリーです。ここで、年に一度だけハロゲイト在住もしくはこの土地で勉強したアーティスト(アマチュアも含め)を対象にした「ハロゲイトオープン」という展示会が開かれます。いつも大規模な応募数で(今年は1000作品近かったそうです)、その中から200点ほど選ばれたものが1月まで一般公開及び販売されます。

私もこの夏初めて応募してみましたが、出した作品3点、全て展示されることになりました。連絡を頂いたときは、本当に嬉しかったです。残念なことに、写真撮影は禁止だったので、オープニングの写真はありませんが、上の写真は私の作品の一つです。1月までと長い展示なので、売れるといいなあと願います。

この作品のもう一つ嬉しいお知らせです。「A Plate A Day」という、一日一枚お皿を紹介する私の大好きなブログがあるのですが、その1000枚目の最終候補の一つに選ばれ(あくまで候補で終わりましたが)、先週紹介されました。(これ)うわー、うっれしいなー。

ここんとこ、運良く展示会続きですが、今日も週末にもう一つ始まる展示会の準備をして来ました。その様子はまたアップしたいと思いますので、お楽しみに。xま

2012年9月16日

釉庵窯にお邪魔しました。

日本滞在中に、以前から会ってみたいと願っていたアーティストの工房にお邪魔する機会がありました。今日はその、陶芸家ユアン•クレイグさんの工房と彼のご家族を訪ねた際のことを振り返りたいと思います。


ろくろを披露するユアンさん

ユアンさんはオーストラリア出身の陶芸家で、益子を拠点にしてもう20年以上ものキャリアをお持ちの方です。益子で著名な濱田庄司氏と親しかったイギリス出身の陶芸家バーナード•リーチ氏の存在もあり、イギリスでも、益子や濱田氏の名前は大きく取り上げられています。その濱田庄司氏の一番弟子であり、人間国宝でもあった故 島岡達三氏に、ユアンさんは弟子入りされています。それを聞くと、日本で陶芸家として大活躍されているのも、ある意味不思議ではないような気がしますが、私が一番惹かれた理由は、著名な名前の数々ではなく、ユアンさんの言葉からにじみ出る人間らしさと感性に深く共感したからです。

ユアンさんのブログを初めて知ったのは、私がshin shin日本語版をちょうど始めた2年前位だったと思います。焼き色がとても優雅な作品が目に留まり、そのままお話を読み始めてすぐ、引き込まれるような気持ちがしたのを覚えています。ユアンさんが陶芸のお話を書かれると、とにかくその情報の豊かさ、丁寧さにびっくり。素敵なイメージと合わせて、長年築き上げて来た彼の知識や技術、独自のこつやデザインの仕組みなど、それこそ惜しみないかのようにシェアーしてくれています。また、家族の事や自然、生き方の概念なども書かれていて、彼の言葉は優しく、美しく、そしてたくましくもあり、読む側の心に響いては、人生の教訓のように感じたりします。奥様のみかさんは、日本語版のブログをかかれているので、すんなり読んだりお返事できたりした為、いつのまにかお二人が憧れの存在となりました。

工房の静けさを映す風景は、ここまでの道のりを語るかのよう。

ユアンさんご一家の生活は、昨年の大地震により一変します。壊れた窯やお家を直すのはもとより、目に見えない放射能への不安に問いかけ始めます。4人のお子さんを持つユアンさん、長く拠点にした益子を離れ、さらに安全な土地での再出発を決心。一言では説明しきれないような、長いアップダウンを超え、群馬県みなかみ町に移り、今に至っています。新しく拠点としているのは、みかさんの亡き叔父さんのお家。もともと絹工房だった母屋は、長年手を付けず、かなり荒れ果てた状態。ゼロからのスタートに、一つずつ、毎日毎日手をかけて、冬を迎える前に子供達が暖かく住めるようにと励まれました。将来への不安に押しつぶされそうになりながら、家族の安全の為に手探りで前進する中、子供達も必死でお手伝い。その様子は、時折お二人のブログで拝見しましたが、困難な中での強い家族の絆に胸を打たれました。

釉庵窯オープンの看板

ちょうど私達が日本に経つ直前、ユアンさんがビジネスを再開したことを知ります。地震に堪えられるような、そして自然にできるだけ悪影響を与えないように作られた新しい窯。焼きに使う薪も放射能の影響がないかきちんと測定してもらい、その安全性を認められる通知が届いてのこと。おめでとうが言いたい。そんな一心で連絡したところ、工房へお伺いする旨となりました。ユアンさんご一家のお家は、山に囲まれ、空気のおいしい自然の中にあります。皆さん笑顔でとてもご親切に迎えてくれました。

新しい窯もついに!

ユアンさんの説明を聞きながら、お家のあちらこちらや、工房、そして新しい窯を拝見。もともと濱田庄司窯の工房にあり、お孫さんの濱田友緒さんから頂いたという蹴ろくろを挽くユアンさんの姿を見たり、彼独自の技や装飾方法を細かく説明してくださったり。なんとも貴重で素敵な時間でした。2階には窯入れを待つ作品がきれいに並べてあり、「これがだいたい一日作業分」と指を指したのが、100個はある丁寧に挽かれた器たち。うわーすごい。窓から光が差し込むと、飛びかんなの模様が一段とあらわに映り、感激してため息が出そう。

飛びかんな模様が美しい器達

そんな優雅な風景の中、ユアンさんは彼の生き方、哲学を優しくそしてしっかりと語ります。「私は自然に逆らわないシンプルな人生を送りたい。できるだけエコロジーな生活方法に心がけて、毎日を感謝したい。そうして作り上げたものを喜んでくれる人がいれば、それで十分幸せです。」お家や工房を拝見すると、まだまだ手をかけなければいけないところは山ほどあります。でも、今までを振り返っては、ここまでやって来れたことへのありがたさを痛感しているユアンさん。「友人達の協力がなければ、ここまでこれなかった。」ユアンさんの感性はとても純粋で、態度はとても謙虚。彼の書く文章から想像していた通り、堅実で正直なユアンさんは、人生を素直に受け止めています。

魅了される器達の数々と末息子さん。母屋の二階で。

庭を元気に駆け回る子供達を見ると、この一家の心地よさが分かります。彼らだって、ここまで来るのに不安で大変な日々だったでしょう。みかさんは、そんな道のりを思い出してはこうおっしゃいます。「沢山の人に支えられました。例えば、かけていただいた言葉だけでも、辛い時、不安な時、前を向いていく支えになりました。」母親にとって、子供達の笑顔をまた見ることが出来る事は、どんなに気が安らいだことでしょう。

益子で生まれたユアンさんの花器に、ヨークシャーのスイトピーを生けて。

私達は、ユアンさんの作品を2点持って帰って来ました。その中でも、私が特に好きなのがこの花瓶。底面に近い脇にちょこっとだけへこみがあります。「地震からの大きなダメージを免れた」跡だそう。私達が決して忘れることのない「あの日」の跡。私には、その花瓶のへこみが、生き残り、新しい人生を歩む運命の印のように見えました。そして、それは自然が美しくて厳しいものであることを覚えさせてくれる印、人生に感謝する大切さを教えてくれる印のように思えました。この花瓶を見る度、光栄にもユアンさん一家の純粋な生き方をちょっとだけ分けてもらっているような気がします。

ユアンさん、みかさん、子供達のみんな、どうもありがとう。

ユアンさん、この秋11月1日から5日まで開催される益子秋の陶芸市に出展されるそうです。ご興味のある方、ぜひ足を運んでみて下さい。きっと素敵な器との出会いがあるのは間違いありませんよ。xま

ユアンさんの素敵な作品はこちらをクリック。
みかさんの日本語版はこちらをクリック。

2012年9月13日

スタジオ入り

今週頭からまたスタジオ作業に戻りました。週始めは本当に最高のインディアンサマー晴れで、それこそ外にいればお日様を浴びて、ラベンダーを飛び回るミツバチ達のように気持ちがいいのですが、北向きの私のスタジオは、(というか元々庭の物置だった訳で)とにかく寒い。しかも週中から、またいつも通りのイギリスらしい寂しい天気に戻ってしまったため、本当に、容赦なく、まだ9月だって言うのに、寒い!ダウンジャケットを着ての作業、後ろ目に見えるガスストーブは意地でもまだ使いません。これから冬がやって来ると考えると、頭ん中がぶるぶるします。

という訳で、とりあえず今週の作業の写真をちょっと。
プリンが食べたくなりました。xま

2012年9月9日

53 Degrees

昨日は 53 Degrees 展のオープニングでした。イギリス全国の大学生を対象に設けられ、53作品がセレクトされるこの展示会。昨年に引き続き(その記事はこちら)、今年も嬉しいことに、私の蓮の葉のインスタレーションが選ばれました。多くの素晴らしい(そして若々しい!)方達の作品と一緒に、このモダンなスペースThe New School House galleryに展示されることとなり、本当に嬉しい限りです。

そして、なんと、私の作品が「Highly Commended Award」賞に選ばれました!名前を呼ばれたときはびっくりしたけど、やっぱり嬉しくてニコニコでした。この作品の詳細はこちらでも見ることができます。

今年の展示は昨年に比べて、ますます優れた作品が多く、展示そのものも見応えがありました。その中でも、私のお気に入りを紹介します。xま


第3位に着いたNigel Matthewsさんの作品「Repaired Ceramics」
私が一目惚れしたBecky Geeさんによるこの作品「Traces」
Bartosz Bedaさんの大胆な動きのある油絵 「Human Needs」
第2位となったDeborah Millsさんによる美しい組紐のアート「Flowing」
この繊細なスキルから生まれた立体幾何学模様的なデザイン。
光に浴びてため息が出るほど美しかったです。


2012年9月2日

HELP JAPAN プロジェクト2の結果報告と南三陸町滞在記

暑い日本から戻ってきて一週間。お待たせしました。義援金活動の結果と南三陸町ボランティア活動のご報告です。(写真をクリックすると拡大表示できます)

第二回目の義援金活動HELP JAPAN プロジェクト2には、沢山の方にご協力ご支援いただき、本当にありがとうございました。ニュースがメディアから消えるとこんなにも反響が違うものかと、改めて痛感するほど今回は難しいスタートでしたが、それでも、皆さんのご協力のお陰で、417,000円の募金が集まりました。募金は8月に南三陸町の佐藤町長のもとへ直接届けさせていただきました。皆さん、本当にありがとうございました。

南三陸町には2泊滞在し、中一日はボランティア活動に参加してきました。町に入って真っ先に、防災庁舎跡を訪ねました。最後まで避難の呼びかけをした遠藤さんの話、屋上で津波にかぶりながら生還した町長の話、そして同時になくなった沢山の職員の方々の話。ニュースで見てきたそんな話を思い出しながら、無惨に残された骨組みだけの庁舎跡を下から見上げると、こんなに高いビルまで津波は飲み込んだのかと圧倒されます。本当に高いんです。13メートルくらいあるか、津波は更にそれ以上来たそうです。いったい誰が予想できたことでしょうか?
町の様子は、今では信号機や電柱が設置され、通れる道も増え、あの志津川病院は解体されてはいるものの、昨年9月に訪れた時(その時の様子はこちらをクリック)とあまり変わってないように見えました。破壊した車の山、無惨に壊れた防波堤の跡、基礎も見えなくなるほど夏草が生えた中心街の先の方には、昨年も見たがれきの山がまだ立ちそびえていて。地盤沈下した町の中心部は、今も満ち潮の度、海水に浸かったまま。
復興の兆しはどこに?皮肉なことに、私の両親の実家辺りや東京都心部、強いていうなら津波の被害に遭わなかった地域全てを見ると(もちろん福島の方々は違う局面に立たされていますが)、比べものにならない大きなギャップを感じてなりません。東京にいると、まるで何もなかったかのようにさえ感じてしまう。この南三陸町の姿を見ると胸が張り裂けそうです。言葉では表せないほど。やっぱり多くの方に実際自分の目で見てもらいたい。

それでも、やっぱり町は動いているんです。生きているんです。朝早くから働いている農家の人達。壊れた港で、一生懸命再建へと働いている漁師さん達。何もない敷地にぽつんと立つ仮のコンビニで働く高校生の女の子。新しい役場の隣にできた診療所に通うおばあさん。皆、一生懸命今日を生きています。少しずつ前進しています。それをしっかり見ていかなきゃと思いました。コンビニの女の子にお礼を言って、私達は宿に向かいました。


泊まった旅館、下道荘さんは、ブログのリンクで見つけました。津波はこの旅館もさらっていきました。美しい町を拠点とする観光業にとって、町の姿が変わってしまった現在においての再建を決意されるには、本当に迷いと、不安、苦労の積み重ねだったと思われます。それでも、今年2月、高台に旅館を再建、オープンされました。(下道荘さんの再建への道のりはこちら)彼らの強さには圧倒されます。美しい町の復興を信じ、町の人達の精神を信じ、貫いた素晴らしい結果です。旅館の正面には「絆 感謝」と熱い想いの込められたメッセージが掲げられていました。
下道荘さんから見えるきれいな海景色
下道荘さんでは、漁師の旦那さん、若旦那さんが朝早く獲ってきた新鮮な海の幸を一杯頂けます。私達も食べたことのないようなおいしい海の幸を頂きました。窓から海を見ながら、湯上がりの肌に当たる気持ちのいい潮風。ここに来て良かったと想う一時です。下道荘さんからは多くの事を学ばせてもらった気がします。

翌朝8時半。主人と義理息子と私で、ボランティア活動に参加しました。全国北から南からと本当にたくさんの方が集まり、中には一週間ほど来ている団体や、ボランティアリピーターの方も多くいました。全部でこの日は130人参加。私達の仕事は、町の中心から少し離れた地域での、がれきの分別でした。ニュース等では、がれき撤去はもう終了して、地元の産業のお手伝いが中心、などという話も聞きますが、ここ南三陸町はまだまだといった様子。ニュースでは届いていない現状を見たという感じです。
がれきは、コンクリートや瓦、アスファルト、金物、ガラス、陶器などと細かく分別されていき、まだ子供のおもちゃや靴などあらゆるものが出てきました。こうして分別して、最終的には処理をされるのでしょうが、がれき処理の問題は日本全国、まだ大きな課題が残されていますね。
38度の炎天下の作業は、やっぱり大変。 2リットルほどの水もあっという間になくなり、熱中症も考慮し、休憩も頻繁に配慮されました。ボランティア作業中は、現地の方々の気持ちを考慮し、撮影は禁止。3時の終了のサイン。ほっと気を安らげた瞬間、押し寄せる疲労感。目の前には、幾つもの新しいがれきの山ができていました。一日が終了。また新しい一日でがれきを撤去していく。少しずつ、復興へと近づいて。
旅館へ帰る途中、目に留まった幾つもピンクの旗。赤い旗は遺体が見つかった場所に立てられていたと、どこかで読んだことがあるのを思い出しました。あれから一年と半年が経とうとしています。このボランティア活動が亡くなった方々にとって、また南三陸町の未来にとって、意味のあるものになることを願ってなりません。

南三陸町に行く前に、陶芸フェスティバルでのワークショップで預かってきた写真とメッセージをまとめる作業をしました。200以上も集まった応援メッセージと手作りの鳥の写真は、日本語訳も合わせて、展示できるように模造紙に張り合わせました。未来を作る世代にと、主催者の意思も合わせ、地元の小学生達に届けようという目的で、作製しました。
学校は夏休み中だったので、教育委員長に直接お渡しし、町の小学校に巡回展示していただくようお願いしました。南三陸町には小学校が3つあります。私は、志津川小学校に足を運んだのですが、被災した戸倉小学校と現在合併していて、ちょうどその教頭先生にお会いする事が出来ました。メッセージの意図を説明すると、ご親切に小学生達の様子を少しお話ししていただけました。仮設に住む子供達も多く、中には遠くから5、60分かけてバス通いする子もいるそうです。小さいのに大変だなあと思いますが、やっぱりお友達と一緒に勉強できる方がいいんだろうなあ。教頭先生には、少し持参していた HELP JAPANの鳥をお渡しし、一年生達に配ってもらうようお願いしました。

南三陸町を後にする前夜、ぎりぎりで町の福興市かがり火祭りを見に行ってきました。福興市は新しくできたさんさん商店街の隣で設けられ、町の人達や来町者達でにぎわっていました。ヨーヨーすくいやかき氷に喜ぶ子供達の笑い声。祭り太鼓の演奏に歓声をあげる大人達。夜空に咲く花火達を見上げ、沢山の笑顔が浮かびます。自分たちの知っていた町の夏を、もう一度。

一人一人出来る事は小さくても、沢山集まれば大きな力につながります。

そんな私の想いが、あなたにも、そして少しでも多くの方々にも届くといいなあと願います。南三陸町のような町の復興支援は、いろんな形でできると思います。

実際に足を運んでみて下さい。
一度でもいいからボランティア活動に参加してみて下さい。
町の特産品を買ってみて下さい。(わかめ本当においしいです!)
町の事を知ってみて下さい。
みんなに広めて下さい。

考えれば、もっともっといろんな支援方法があると思いますので、みなさんもぜひ。

HELP JAPANの鳥希望の光キャンドルホルダー。在庫があるので、ある限り、またオンラインにて販売していきます。ご興味のある方はぜひ、ご注文下さい。注文方法はこちら、あるいは makikohastings@gmail.comまでEメールにてご連絡下さい。募金はまた南三陸町に届けさせていただきます。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。xま