2017年7月31日

虹が見える


虹が見える。4年前、当たり前のようになんとも思っていなかったこと。それは大きな間違いでした。

「残念ながら、お嬢さんは目が見えません」

医者にそう言われた時の絶望感と否定感は今でもはっきり覚えています。
娘のサブリナの目は、白く濁っていて、瞳が見えない状態で産まれました。非常に稀なピータース奇形と診断。治療法はなし。しかも眼圧が異常に高く、このままだと失明にするかもしれないのでと、その日から薬の投与が開始されました。出産から3日目のことでした。

当時のことは詳しく以前ブログにも書きました。(→こちら
私たちの生活は、それ以来一変し、非常に厳しいものでした。小さなサブリナにとってもそれはもちろんのこと。あれから100回を超える病院通い。3回に及ぶ大手術。術後、生死をさまよう敗血症にかかり緊急入院。幾つもの薬の投与や、視覚を促進する訓練は毎日続き、とにかく毎日生き延びたという感じでした。

もしも奇跡があるならば、きっとこのことでしょう。

不幸中の幸いか、私たちはヨーロッパの角膜移植界で第一線に立つ専門の手術医の率いる病院へ紹介され、角膜移植手術の道を進められました。もちろん乳児には非常に難しく成功率が50%以下とリスクは過大で、失敗すると目そのものを失うことも覚悟するようにと言われました。

未だに、サブリナは本当にラッキーだったと思います。あれ以来、徐々に視力を身につけたからです。彼女が初めて自分の手に気がついた瞬間。そして初めて私たちの目を見て笑った時。奇跡の瞬間に感じました。

小さい頃からアイパッチとメガネが始まりました。

視力がついてきたのが一般よりもずっと遅れたので、成長そのものも遅かったですが、そんな彼女でも成長しているなあと感じるものでした。

目の見え方は普通の子供とはもちろん異なります。両目とも眼振(眼球が無意識に動いてしまう)という症状を持ち、普通に集中してものを見ることができません。手術をしたと言っても移植は片目だけなので、混濁の残る目は視界も狭く、アイパッチでの弱視強化訓練と、視覚の刺激を与える工夫やら、毎日の薬の投与をしながら、不自由さを補うように彼女なりの見え方を脳が覚えていったという感じでした。

体の動きも同じで、動いているものや周りの様子がよく見えないので、他の子にしょっちゅうぶつかっていましたが、足元をよく見たり、自分で少しずつ気をつけながら動いて生活するように変わっていきました。

両目とも光に敏感で、外では一年中サングラスをかけています。その方が、動きやすくもなるのですが、それでもやはり、外での発見は難しいものでした。例えば、飛んでる鳥や蝶々、動き回るリスやら、空に見える飛行機、月や虹は、まったく目がついていきませんでした。だから、絵本で見せてはどんなものか説明してあげたりする日々が続くなか、3歳を過ぎた頃から、少しずつわかるようになってきたのです。

虹が見えた奇跡の瞬間

「お母さん、飛行機!」と空に指をさして言われた時は、涙が出るほど感激しましたね。そして、ある日、ガラス窓の先にかかる虹を自分で見つけたのです。ガラス窓は反射して、ただでさえ見えづらいし、虹は飛行機などの個体と違って、光ですから、彼女の目にどんな風に受け入れられるかはまったく不明だったのに。「虹、虹!」喜ぶ彼女の声は、私にとって涙ものでした。

病院通いや薬の投与は、現在も、これからも続きます。角膜拒絶反応の可能性は一生続きます。それでも、今こうやって普通に生活ができ、元気に成長した4歳の娘。主治医を率いるマンチェスターの目の専門病院あってのこと。感謝しきれません。

元気な4歳児に成長しています

この病院は、将来サブリナと同じような症状の子供たちを診ることのできる医者を育てている病院でもあります。一人でも多くの子供達やその家族に可能性を与えたい。そんな思いで、オープンスタジオの度、売り上げの3%はこの病院に募金させていただきます。

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